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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)592号 判決

原告

株式会社不二電子工業所

右代表者

菅沼博太郎

原告

菅沼博太郎

菅沼ふみ

右原告ら訴訟代理人

高谷一生

大内ますみ

被告

伊達純世

外一六四名

右被告ら訴訟代理人

安若俊二

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立

一  請求の趣旨

1  被告らは、別紙第一目録記載の共同住宅北側の各階毎の廊下、踊場、階段の北側壁(図面(1)―(2)―(3)―(4)―(5)―(6))の廊下開放部分及び窓並びに屋上北側に高さ二メートル以上約二センチメートル四方以下の網目を有する金属製又は化学繊維製の網を設置せよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(但し被告松下睦子を除く)主文と同旨〈以下、事実省略〉

理由

一〈省略〉

二〈中略〉

1  本件共同住宅は昭和四九年五月に完成した通称ルポ城北と呼ばれる八階建のマンションであり、原告らの前記占有土地建物の南側に隣接しており、その区分所有区画数一五四で被告らはこれを所有し占有している。右建物各階の北西隅に被告ら共有にかかる階段、北側(但し別紙図面(5)―(6)の区間を除く)に各戸の玄関に通ずる廊下があり、そのうち別紙図面(2)―(3)―(4)―(5)の区間にエレベーターが設置されている。右階段から東方へ別紙図面(2)地点までの廊下は各階ともその巾員が1.25メートル、高さ2.55メートルであり、その北側面には床上1.20メートルのコンクリート壁があるが、その上方は開放されている。別紙図面(2)―(3)―(4)―(5)の部分には各階とも三か所の踊り場があるが、内二か所の北側面の開口部には床上六〇センチメートルのコンクリート壁の上に鉄製の手摺りが設置され、その上方は開放されており、内一か所の北側面の開口部には床上から直接鉄製の手摺りが設置され、その上万は開放されている。そして右各開放部分と屋上北側が原告らの前記占有土地に面している。

2  ルポ城北の入居が始まつてから、主として入居者の目の届かない別紙図面(2)―(3)―(4)―(5)の開放部分から隣接の原告ら占有土地上に物品の投下があり、ルポ城北の居住者の子供四人が白い壁土の干したものを投下したのが現認されている。原告菅沼博太郎は約一〇回に亘つて右投下物品を確認し、その中には、牛乳ビン、寿司の鉢、出前の鉄皿、三輪車、石つぶて、煉瓦等があるが、そのうち二回は投下現場を確認しているが、子供の行為と推認されてもそれ以上に行為者の特定はできない。同原告は右各事実を現認する都度、ルポ城北の管理人である被告本村市五郎に連絡してその善処方を求めたり、又は旭警察署に通報してきたが、その効果がないので、昭和五〇年八月二〇日、大阪地方裁判所に右管理人を相手方として、投下禁止の仮処分を申請し、同旨の決定を得た。

3  同管理人は、右仮処分決定後、ルポ城北の居住者で結成している自治会を通じて被告ら居住者に対し、廊下に物品を置かないこと、廊下で喫煙しないことの規則の遵守を求め、自治会傘下の婦人会、子供会を召集して、隣地に物品を投下することを禁止し、ルポ城北内の掲示板や要所のプレートに投下禁止を表示するなどして被告ら居住者全員にこれを周知徹底させると共に、自ら一日六、七回巡回し、違反があればその都度注意したり、自らこれを除去し、さらに週二回掃除婦をしてその清掃に当らせている。その結果、右管理人はその巡回中に投下現場に出合わしたことは一度もなく、被告ら入居者も入居当初は廊下に物品を置いていたが、現在では前記規則が守られている。

4  ところが、昭和五三年九月九日、原告菅沼博太郎は旭警察署に「ルポ城北から煉瓦が投げ込まれたので状況をみてほしい」旨連絡し、同署高殿派出所中橋巡査が同原告方に赴き同人から事情聴取中の午後三時二〇分頃、「ガチャン」という物音がし同家屋中庭に出てみたところ、自転車の空気入れ一台が放置してあるのが現認され、その一〇分後、再度「ガチャン」という物音がし中庭に出てみたところ自転車の前部に取り付ける子供用椅子一個が放置されているのが現認された。しかして、右物件のうち、煉瓦はルポ城北八階八一九号室前にあつたものであり、子供用椅子は七階七一六号室居住者の所有物であり、空気入れは八階八一三号室の居住者の所有物であることが確認されたが、これらが投げ込まれたものか、誰が投げ込んだものかは不明である。その後も、同管理人は同原告から牛乳ビンが投げ込まれたとの連絡を受け、右物品を確認し、その際同原告から投下状況の説明を受けたが納得できるものではなかつた。そして本訴提起後の昭和五四年一月以降、同管理人は同原告から投下の抗議を受けていない。なお同管理人は、外部からルポ城北にみだりに立入ることを禁止する旨の表示を右共同住宅入口に掲示し、子供らには前記廊下等で遊ぶことを禁止している。

〈証拠判断略〉

三ところで、一般に土地又は建物の占有者は、これに対し違法な妨害を与えられ、又はそのおそれのある場合、妨害者に対してその排除又は予防を求めることができるのはいうまでもない。しかるところ、被告ら(但し被告松下英樹、同松下睦子を除く―以下同じ)は、本件共同住宅は適法な建築物であり、北側開放部分は不法投下の客観的設備ではないから、およそ、建物自体につき金網を設置すべき法的根拠がない旨主張する。確かに、本件建物が違法建築物と認むべき証拠はなく、前記認定の事実によれば、廊下部分には各階ともコンクリート壁又は手摺りが設置されているから、各階から物品が自然に落下する危険性は全くなく、又右開放部分が投下のための客観的設備でないことも明らかである。しかしながら、一般論として本件の如き高層の共同住宅の各階に開放部分がある以上、人為的に隣地に投下がなされる可能性を否定できず、これが頻繁に発生するような状況にある場合、極めて危険な妨害行為となるから、建物所有者において隣地所有者に損害又は危険を与えないようその投下防止の措置又は設備をなすべき義務がある場合も充分予想されるのであり、妨害対象について被告ら主張の如く限定して解釈すべき理由を見出し難い。又、被告らは、本件の如き事例においては不法投下者を相手方とすべきであつて建物所有者を相手方とすべきでない旨主張する。不法投下によつて損害を被つた場合、不法投下者に対して不法行為責任を追及することができるのはいうまでもないが、不法行為責任と妨害排除又は予防請求とは別個の考慮を要するものであり、不法投下が行われる建物所有者はおよそ妨害者とならず、常になんらの義務を負担しないと解すべき法的根拠はなく、その建物の構造、使用状況又は投下状況の如何によつては、建物所有者も投下防止の措置又は設備をなす義務があると解するのが相当であり、被告らの右主張はいずれも採用することができない。しかしながら、投下行為があり、又はそのおそれがあれば当然に建物所有者はその防止設備の設置義務を負担するものと解することはできないことも勿論であつて、特に本件の場合は妨害予防請求であるから、右投下行為発生のおそれないし蓋然性は、その反復継続性を含めて客観的に極めて強く大きいものでなくてはならず、さらにその上に双方の諸事情を比較衡量のうえ、当該投下の状況が相隣関係の相互顧慮義務の見地から原告らの受忍限度を超えるものであるか否かによつて被告らの投下防止設備の設置義務の有無を決すべきものと思料される。

1  そこで、まず、本件投下行為の発生の蓋然性について検討するに、前記認定事実によれば、被告らが本件共同住宅に入居した当初頃は右建物から原告ら占有土地上に頻繁に物品が投下されたことが認められ、これが被告ら居住者の共同生活体における遵法意識あるいはマナーの欠如に起因した行為であると推認されないではない。しかし、前記仮処分決定後は、被告らは自治会等を通じて規則の遵守を互いに周知徹底させて右の如き投下行為をしないように自粛し、さらに外部からの無断立入を禁止する措置をとつた結果、その効果があらわれ、現在では右の如き投下行為はほとんど確認されていないことが認められる。もつとも前記認定事実によれば、昭和五三年九月九日に警官が原告ら占有土地上において二回に亘つて被告ら居住者の所有物が原告ら占有土地上に置かれていることを確認し、その直前に投下音らしい音を聞いているが、当時は投下行為が頻々となされていたような状況にはなく、このような状況下において、投下行為が集中して発生し、しかも偶々警察官立会時に投下行為が一〇分という短時間内に引き続いて発生したと推認することは不自然であつて、仮令右物品が被告ら居住者の所有物であるとしても右事実から原告主張の如く投下行為を推認することはできない。右の次第で、現段階では将来右投下行為発生の可能性が全くないとは断定できないが、その反復継続性を含めて蓋然性があるとまでは認め難いといわざるを得ない。

2  次に、双方の諸事情につき比較衡量するに、前記認定のとおり将来投下行為があるとしてもこれが頻繁に発生することはまず考えられず、その場所も主として入居者の目の届かない別紙図面(2)―(3)―(4)―(5)の開放部分からの投下行為に限定されるものと推認されるところ、その直下の隣接の原告占有地上には別紙図面(イ)の工場建物があるが、〈証拠〉によれば、右建物は現在原告不二電子工業所が使用し従業員二名が稼働しているが、同建物においては設計・実験を行うにすぎずその製造は下請に発注していること、投下物は従来右建物の屋根又は中庭に落ちており、屋根等が煙草の火で一部燃えたり損傷したことはあるが、これまで人傷事故はなかつたことが認められる。他方、〈証拠〉を総合すると、本件共同住宅の廊下は災害時の場合の唯一の避難通路であつて、各戸の玄関の戸が一斉に開かれた場合、通路巾は四〇センチメートルしか残されない状態となり、この上に原告主張の網を設置すると避難に重大な支障を来すことが予測されること、又平常時においても、右網が設置された場合、歩行に支障はなくても、家具等物品の出し入れに不便をきたすこと、右網の設置費用が相当多額にのぼるとみられることその他、右網の設置によつて居住者が鳥小屋にいるような精神的な圧迫感を感じることがそれぞれ認められる。

以上の事実を比較衡量すると、被告ら居住者としては投下行為禁止を申し合わせて自ら予防措置をとつているから将来予想される投下行為としては主として外部からの立入者の行為によるものであり、その回数も極めて少ないものと推認され、原告らに対する危険性も身体・生命に対する差迫つた危険とは認められないのに対し、被告らに対し前記の措置以上に原告ら主張の網の常設を義務づけることは過重の負担を強いるもので権衡を失し不当な要求であるといわざるを得ない(反面、被告ら居住者が今後ともその生活態度を厳しく規律すべきは当然であり、もし将来、投下行為が発生しこれによつて原告らがなんらかの損害を被つた場合、その不法投下者が不明の場合でも右投下物が被告ら居住者の所有物と確認された以上、他に特段の事情のないかぎり、当該居住者は右投下について責任を負担することになろう)。右の次第で、現段階では、被告ら所有にかかる本件共同住宅が原告ら占有土地を妨害し又はそのおそれがあるものとは認め難く、仮に投下行為があるものとしても前記認定の事情の下においては原告らの受忍限度を超えているものとは認め難いから、被告らは本件共同住宅につき原告ら主張の網を設置する義務はないものというべきである。〈以下、省略〉

(久末洋三)

第一目録、第二目録、第三目録、別紙図面〈省略〉

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